長年に渡り公正取引委員会に勤務し、独占禁止法を中心に下請法(現・取適法)や景品表示法の企業調査、法運用の実務に携わってきた行政書士の小野香都子さんにお話を伺いました。公正取引委員会で見てきた「企業のリアル」や、近年の動向と企業が抱えるリスクについてのお話をインタビューでお届けします。
プロフィール
小野香都子(おのかづこ)
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行政書士(二軒茶屋行政書士オフィス代表)。前職は国家公務員で、25年以上公正取引委員会に勤務し、主に下請法や景品表示法の企業調査、法運用の実務に携わる。多数のヒアリングや調査、指導の経験を踏まえ、実務を知る立場から、委託側の企業が取適法やフリーランス法を遵守するために必要な行動についてサポートを行っている。また、現在は行政書士としての活動と並行して就農し、みかん栽培も行う。

キャリアの歩みと独立した経緯
これまでのキャリアと、独立の経緯について教えてください
平成10年に公正取引委員会に入局し、独占禁止法を中心に、景品表示法や下請法(現・取適法)といった分野に関わってきました。その中でも長く携わっていたのは、企業へのヒアリングや立入検査など、いわば“調査の最前線”にあたるポジションです。
企業の経営層や実務担当者から直接話を聞き、取引の実態を丁寧に確認していく。書面だけでは見えない背景や、担当者の本音、社内の力学――。そのような「現場のリアル」に数多く触れてきました。25年以上にわたり、多種多様な業界の案件を見てきた経験は、私にとって何よりの財産です。
そこから独立に至った経緯に関しては、子育てが一段落したこと、両親のケア、そして人生後半をどう生きるかを考えた結果、地元の愛知県に戻って開業する道を選びました。現在は「二軒茶屋行政書士オフィス」を立ち上げる一方で、農家としてみかん栽培にも取り組んでいます。
公正取引委員会で見てきた「企業のリアル」
公正取引委員会で働いていた頃を振り返って、企業姿勢はどのように変化してきたと感じますか?
私が入局した当初は、立入検査に対して「なぜうちが調査を受けるんだ!」と、威圧的な態度をとられることも珍しくありませんでした。しかし、現在はコンプライアンスに対する意識や、調査に対する理解が進み、協力的な企業が圧倒的に増えています。
その背景には、執行の強化と社会的認知の高まりがあると思います。違反が公表されることのインパクトは大きく、独禁法の分野では、法的措置が公表された場合の企業価値などへの影響が大きいため、企業も事後対応ではなく事前のコンプライアンス整備を重視するようになってきました。
取適法の分野でも同じ傾向があります。下請法違反の勧告件数は令和6年度に21件と過去最多で、令和7年度も上半期だけで15件に達しており、執行の強まりが数字にも表れています。こうした動きが、委託事業者の姿勢の変化につながっているのだと思います。
取適法(旧下請法)の本質とは
取適法の本質はどこにあるとお考えですか?
取適法はいわゆる“弱者保護の法律”という単純なものではありません。本質的には、あくまで公正な取引ルールを明確にする法律です。
例えば、発注後の代金減額は、双方が合意し書面化していても、違反となる場合があります。委託事業者としては「経営が厳しいが、受託業者との取引は続けたい。それなら減額に応じてもらい、互いに負担を分け合って乗り越えたい」という意図で提案していることもあります。それでも、法のルールに照らせば違反となることがある。ここが難しいところです。
私は現場で、自社の対応が違反に当たるという認識も、相手を不当に害しようという意図もないまま、結果として法違反に至った企業を多く見てきました。それでも公表されれば「下請けいじめ企業」というレッテルが貼られ、減額分の返還を求められることもある。そうした社会的制裁の重さを感じるたびに、もっと早く正しい理解が広がっていれば、防げた事案も少なくなかったのではないかと思わずにはいられませんでした。
取適法は決して「強者」を裁き「弱者」を守るという、一元的な法律ではありません。取引の透明性を確保し、長期的な信頼関係を築くための“設計図”なのです。
近年の公正取引委員会の動向と企業が抱えるリスクについて
現在の違反に対する施策の傾向や、企業が抱えるリスクについて教えてください
明確に言えるのは「執行の強化」です。例えば、金型等を無償保管させていた行為については、近年になって初めて問題になったものではなく、従来から下請法上問題となり得る行為として整理されてきました。近年は実際に勧告・公表に至る事案が現れており、執行がより明確に示されている点に注意が必要です。
また、振込手数料の負担についても、従前の限定的な容認から、取適法では合意の有無にかかわらず違反とする方向へ運用が見直されました。このほか、価格協議に応じないまま一方的に代金を決定する行為が新たに明文化され、今回の法改正で禁止行為に加えられています。これは、従来から問題視されていた行為について執行が一層明確化・厳格化されるとともに、価格決定過程そのものについても新たな規律が設けられたと整理できます。
さらに、調査の行い方自体も強化されています。委託事業者に送付される調査票の数は増加しており、提出された名簿をもとに、受託事業者に対しても当該取引に問題がないかを確認する反対質問が行われています。この反対質問の送付数も委託取引の種類によりますが増加傾向にあり、双方の回答の食い違いから問題が把握されることも少なくありませんが、そのような経緯で調査に至る件数も相対的に増加していると思われます。このため、委託側が「特に問題はない」と回答していても、なお調査が進むことは珍しいことではなく、「知られなければ大丈夫」という考え方は通用しないことを認識すべきです。
今後は、法改正に伴う特定運送委託などの新類型についても執行事例が積み上がっていくことが予想されます。企業は公表事案の動向を常に確認し、自社の実務に照らして検証する体制づくりが必要です。
企業が本当に取り組むべきコンプライアンスとは
企業が今、最も意識すべきことは何でしょうか?
重要なのは「関係性の健全化」だと思います。社内でも社外でも、違和感や懸念を率直に言い合える環境をつくることです。社内では、法務部門によるコンプライアンス体制が整っていても、現場で行われていたことが十分に把握されず、後から問題化することがあります。取引先との関係でも、いまは申告しやすい環境が整った一方で、本来は当事者間で解決できたかもしれない案件まで行政対応に進んでいる面があります。
だからこそ、受託側に負担が偏っているのではないかという現場の違和感を、見過ごさないことが重要です。窓口担当者や営業担当者が気づいたことを部署内で共有し、総務・経営管理部門を通じて法務部門までつなげられる。そうした風通しの良い組織づくりが、企業の自浄作用を働かせる土台になると思います。
そして、社内で違和感を共有できること、取引先と率直に話し合えること、この両方がなければ、ルールはやがて形骸化し、“慣行”の名のもとに違反が起きてしまいます。そういう意味では、長年続いている取引ほど注意が必要です。「昔は問題なかった」では済まない時代です。まずは取引の実態に目を向け、関係性を再確認することが必要不可欠だと思います。
コンプライアンスの整備は「コスト」ではなく、企業価値を守るための「投資」です。痛みを伴う前に、予防的に整備することが最も合理的だと思います。経営層が「自社も痛い目を見る可能性がある」と自覚し、現場レベルの取引実態に目を向けること。その姿勢こそが、真の予防策になります。
今後に向けて
今後、どのような形で企業支援を行っていきたいですか?
私は長年、制度を“運用する側”にいました。今後は企業の側に立ち、実務で迷わないよう支援していく役割を担っていきたいと考えています。法律の説明会はあっても、自社にどう落とし込めば良いのか分からない企業が多いので、そこを具体化する支援ができればと考えています。その点、実務に即した研修・コンサルティングを行うM・Tコンサルティング、そして水谷代表との出会いは大きな転機でした。理論と実践を橋渡しし、企業ごとの実態に合わせた落とし込みを行う。そのアプローチに共感しています。
取適法は“公正な取引を守るための法律”です。しかし、委託事業者が正しい守り方を知らなければリスクにもなります。管理職層が正しく理解し、自社の取引実務を点検すること。その第一歩として、専門家の視点を活用していただければと思います。
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